ヘルメス学

グリモワールとは|ソロモンの鍵とゲーティアの正体

更新: 宵月 紗耶
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グリモワールとは|ソロモンの鍵とゲーティアの正体

レメゲトンとは、17世紀半ばに古い素材を寄せ集めて編まれた五部構成のグリモワールであり、その第1部アルス・ゴエティア(Ars Goetia, 悪霊術)が72柱の悪魔を載せている文書です。

レメゲトンとは、17世紀半ばに古い素材を寄せ集めて編まれた五部構成のグリモワールであり、その第1部アルス・ゴエティア(Ars Goetia, 悪霊術)が72柱の悪魔を載せている文書です。
『大いなる鍵』と『小さな鍵』という呼び分けは後世の整理にすぎず、実際にはグリモワールから偽ソロモン文書、レメゲトン、ゲーティア、そして72柱へと入れ子状に連なる関係を押さえると、用語の混乱は一気にほどけます。
グリモワールは古代の秘伝書というより、15世紀末から19世紀にヨーロッパで流布した実用的な魔術手引書で、現存写本の多くも17〜18世紀以降の写しにとどまります。
72柱の悪魔も一度に成立したのではなく、ソロモンの遺訓、15世紀写本『Le Livre des Esperitz』、1563年の『Pseudomonarchia Daemonum』を経て、17世紀に印章や術式が加わりながら段階的に増殖した編集物でした。
この連なりをたどると、72体の印章や階級表が単なる怪異の一覧ではなく、思想史の中で積み上がった目録として見えてきます。
ゲームで『ゲーティア』に触れて「結局、ソロモンの鍵とどう違うのか」が気になったなら、まずはその編集の歴史から眺めてみてください。
儀式を実践する話ではなく、象徴と構造がどう組み上がったかを読むのが、この文献群をいちばん面白く味わう入り口です。

グリモワールとは|魔導書の定義と流布した時代

グリモワールは、フランス語で呪文集や魔術の手引きを意味する魔導書の総称であり、日本語では魔導書、魔法書と訳されます。
古代の秘伝書という通俗イメージで語られがちですが、実像はむしろ近世ヨーロッパで流布した実用書で、神霊魔術や降霊術を扱うための手引きに近いものです。
ここでは、その言葉の由来から写本の実態までを押さえ、ソロモン系の文献がどこに位置するのかを見取り図として示します。

『grimoire』という言葉の意味と由来

『grimoire』は、もともと文法書を指す語と同根で、ラテン語の grammatica、仏語の grammaire と同じ系譜にあります。
外国語の文法書が素人には読みづらいように、難解で取っつきにくい書物を指す含意が先に立ち、そこから魔術書の意味へ移ったと考えると流れが見えやすいでしょう。
つまり、語の出発点そのものが「読みにくさ」と結びついていたのです。

この語源は、グリモワールが単なる神秘譚ではなく、特殊な記号や術式、命令文を並べた読解の難しい本だったこととも響き合います。
宵月らしく原語をたどるなら、ラテン語と仏語のあいだを行き来しながら、訳語としての「魔導書」「魔法書」がどう定着したかを見ていくと、書物そのものの性格がよりはっきりします。
読み解ける者だけが使える本、という感覚が核心です。

神霊魔術・降霊術を扱う実用書という性格

グリモワールは、神霊魔術や降霊術の力を扱う実用書として読まれてきました。
ここで大切なのは、哲学書のように世界の原理を論じるのではなく、どの時間に、どの図形を描き、どの名を唱えるかを示す手引きだという点です。
読者が「魔導書=古代の秘伝」と想像して開くと、実際には手順書に近い文体が現れる。
その落差が、このジャンルの面白さでもあります。

代表格は、ソロモンの名を冠する一群です。
『ソロモンの鍵』『ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)』『黒い雌鶏』などがその典型で、護符や召喚のための段取りを細かく並べます。
なかでも『ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)』は17世紀半ば、およそ1641年ごろに古い素材を寄せ集めて編纂された5部構成の文書で、第1部アルス・ゴエティア、第2部テウルギア・ゴエティア、第3部パウリナ、第4部アルマデル、第5部ノトリアからなり、全体で約144の術式を含みます。
護符魔術中心の『ソロモンの鍵(クラヴィクラ・サロモニス)』と、72柱の悪魔を載せる『ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)』は別個の文献であり、この区別は後世、19世紀末のA.E.ウェイトの整理によって見えやすくなりました。

この系譜の中核にあるのは、効果の断定ではなく、なぜこの種の書物が生まれ、写され続けたのかという思想史・書物史の問いです。
ソロモン王が書いたとされるのも、擬古典として権威を与えるための帰属であり、実作者の匿名性を覆う仕組みでもあります。
以下のように、代表作の輪郭を並べると位置づけがつかみやすいでしょう。

文献名主な性格位置づけ
『ソロモンの鍵(クラヴィクラ・サロモニス)』護符魔術中心ソロモン系の基幹文献
『ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)』召喚・霊的手続きの集成5部構成の代表格
『黒い雌鶏』実践的な魔術書として流通後世に広く読まれた系統

なぜ原典が残らず写本ばかりなのか

グリモワールが流布したのは15世紀末〜19世紀ごろで、決して太古の遺物ではありません。
近世ヨーロッパの産物として広まり、現存する写本の多くは17〜18世紀以降の写しです。
原典がほとんど残らないのは、こうした文書が秘匿され、個々の術者や写字生の手で転写されながら変形していったからで、同じ題名でも系統の違う版が混在します。

だからこそ研究者は、どの写本がより古い系統に属するかを突き合わせる作業を続けてきました。
ページの欠落、綴りの揺れ、術式の順序の違いを比べるだけでも、どの時代にどんな語り口で受け継がれたかが見えてきます。
写本ばかりという不便さは、そのまま伝承の層を読む楽しさにもなるのです。

ソロモンの鍵と小さな鍵(レメゲトン)の違い

ソロモンの名を冠する文献は一つではなく、護符魔術を中心にした『大いなる鍵(クラヴィクラ・サロモニス)』と、72柱の悪魔を載せる『小さな鍵(レメゲトン)』は別個の書物です。
名前が似ているため混同されやすいものの、狙いも構成もまったく違います。
前者は守護や霊的防護のための実用書として読み、後者は召喚対象の一覧と儀式手順を持つ文書として読むのが筋でしょう。
ここを切り分けるだけで、ソロモンの鍵をめぐる理解はずっと整理されます。

大いなる鍵(クラヴィクラ・サロモニス)の中身

『大いなる鍵(クラヴィクラ・サロモニス)』は、護符やタリスマンを中心に据えた文献で、霊を呼び出す名簿というより、魔術的な効力を図式化した手引きに近い性格を持ちます。
ライダー版とマルセイユ版を並べて見るときのように、同じ「ソロモン」の名でも何を目的にしているかを比べると違いは明瞭です。
こちらは対象を制御するより、効用を配列する側に重心があります。
だからこそ、72柱を探しても見つからない、という読者のつまずきが起きるのです。

小さな鍵(レメゲトン)と作者不明という事情

小さな鍵にあたる正式名は Lemegeton Clavicula Salomonis で、作者は不明です。
成立は17世紀半ば、おおむね1641年ごろとされ、もっと古い素材を寄せ集めて編纂されたと考えると理解しやすくなります。
単独の天才が一気に書き下ろした本ではなく、複数時代の断片を束ねた文書だからこそ、章ごとに文体や関心が少しずつ異なります。
ゲーティアはこのレメゲトンの第1部であり、『ソロモンの鍵=ゲーティア』ではありません。
72柱の一覧だけを探すなら、見るべきなのはこの小さな鍵です。

項目大いなる鍵(クラヴィクラ・サロモニス)小さな鍵(レメゲトン)
主眼護符・タリスマン霊・悪魔の召喚カタログ
正式名Clavicula SalomonisLemegeton Clavicula Salomonis
作者非公表不明
成立中世〜近世にかけて伝承17世紀半ば、おおむね1641年ごろ
代表要素守護、効力、図像72柱、印章、儀式装置

『大/小』という呼び方が後世の整理である点

Greater Key / Lesser Key、つまり大きい鍵と小さい鍵という呼び方は、当時から固定していたわけではありません。
後世の整理であり、A.E.ウェイトが1898年の著作で用いて広めたことで、二書の大小関係がひとつの見取り図として定着しました。
ここが重要なのは、大小が価値の上下を示すのではなく、内容の性格差を示す便宜的なラベルだという点です。
ソロモンの名でひとまとめに見える本群を、まず二冊に割って読む。
そのうえでレメゲトンの5部構成へ進むと、全体像はずっと見えやすくなります。

レメゲトン5部構成|悪魔・天使・知識の体系

レメゲトンは、単一の『魔術書』というより、5部からなる文書群として読むほうが実像に近い。
第1部から第5部までには、アルス・ゴエティア、アルス・テウルギア・ゴエティア、アルス・パウリナ、アルス・アルマデル、アルス・ノトリアが並び、悪魔召喚から天使的な儀礼、さらに知識と記憶の増進へと関心が広がっていきます。
全体で約144の呪文・術式を含むとされる規模も、この多層性をよく物語っています。

第1部アルス・ゴエティア

アルス・ゴエティアは、レメゲトンのなかでも最もよく知られた部分で、72の悪魔の召喚を扱います。
ここが前面に出た結果、レメゲトン全体まで「悪魔を呼ぶ書物」として受け取られがちですが、実際にはその印象だけでは全体像を取りこぼします。
ゴエティアは入口としては強烈でも、文書群の一部にすぎません。

この位置づけを押さえると、レメゲトンの名がなぜ後半の部まで含めて語られるべきかが見えてきます。
悪魔名と封印図だけで完結する本ではなく、後続部へ進むほど、対象はより秩序だった霊的存在へ移っていくからです。
読者はまずゴエティアを起点にしてよいのですが、そこで止まらず全体へ視野を広げると、書物の性格がぐっと立体的になります。

第2〜4部

第2〜4部は、ゴエティアのような悪魔召喚から離れ、天使的で儀礼的な方向へ重心が移ります。
アルス・テウルギア・ゴエティアは方位の霊を、アルス・パウリナは惑星時間に対応する天使を、アルス・アルマデルは蝋板を介した天使との交信を扱い、対象が段階的に変わっていくのが特徴です。

部分主題霊的対象技法の印象
アルス・ゴエティア召喚72の悪魔支配・呼び出し
アルス・テウルギア・ゴエティア方位の霊霊的存在方向づけられた儀礼
アルス・パウリナ惑星時間と天使天使時刻と天体秩序への対応
アルス・アルマデル蝋板による交信天使媒介を使う対話

ここで面白いのは、同じレメゲトンでも、扱う存在がだんだんと抽象化され、同時に儀礼の精密さが増すことです。
悪魔を強く押し出す第1部に対し、第2〜4部は宇宙秩序や時間、方位と結びつき、魔術というよりも神学的な実践に近い印象を与えます。
名称が似ていて覚えにくい場合も、悪魔→天使→天体秩序という軸で並べ直すと整理しやすいでしょう。

第5部アルス・ノトリア

アルス・ノトリアは、レメゲトンの幅広さを最も端的に示す部です。
ここには悪魔召喚はなく、知識や記憶の増進を願う祈りが集められており、学問成就のための霊的技法として別系統に属します。
ゲーティアの知名度だけで全体を見ていると意外に映りますが、むしろこの一部があるからこそ、レメゲトンが単なる召喚集ではないと分かります。

知の獲得を祈りとして組み立てる発想は、他の4部と比べるとかなり違って見えますが、同じ文書群の中に置かれている点が重要です。
つまりレメゲトンは、悪魔を扱う書物、天使を扱う書物、知識を扱う書物をひとまとめにした総合的な術書だったのです。
全体を悪魔系・天使系・知識系の3系統に整理して読むと、5部の名前が似ていても混乱しにくくなります。
覚える順番は、悪魔から天使、そして知へ。
これで十分です。

ゲーティアと72柱の悪魔|階級・印章・召喚の作法

アルス・ゴエティアは、72体の悪魔を名前・階級・印章(シジル)・姿・職能つきで並べた目録として読むと、ただの怪異譚ではなく整然としたカタログだとわかります。
図版の上で72体の印章が整列する様子は、図鑑をめくるときの面白さに近いでしょう。
ゲームで見た悪魔の名や爵位が、こうした文献の階級表に戻ってくると、元ネタの答え合わせをしている感覚が立ち上がります。

72体に与えられた名前・階級・印章

ゲーティアに収録される72体の悪魔は、それぞれに固有の名前だけでなく、階級、印章、姿、職能まで割り当てられています。
ここで注目したいのは、霊をひとつずつ曖昧な存在として扱うのではなく、識別できる単位へ切り分けている点です。
印章はその霊を呼び出し束ねるための鍵として働き、図像の見た目以上に、召喚対象を特定するための記号として機能します。

この構造は、悪魔の一覧というより、霊的存在の索引に近い。
名前があれば呼び分けられ、階級があれば位置づけられ、印章があれば図像として固定できるからです。
研究者の視点で72体の印章が並ぶ図版を見ると、怪異の集合ではなく、厳密に整理された目録の快感が見えてきます。
単なる装飾ではない、という点がポイントです。

ヒエラルキー(王・公爵・伯爵ほか)の意味

悪魔には王(King)・公爵(Duke)・伯爵(Earl)・大統領(President)といった爵位的なヒエラルキーが与えられます。
これは人間社会の秩序を地獄へ投影した発想で、霊的存在を無秩序なものとしてではなく、社会制度になぞらえて整列させるための仕組みだと読めます。
階級は単なる飾りではなく、召喚の格や時間帯とも結び付けられ、文献内での扱いに差を与えているのが面白いところです.

爵位が細かく振られていると、読者は「なぜ悪魔にそんな肩書きがあるのか」と驚くかもしれません。
けれども、この肩書きこそが体系の骨格です。
王は上位の統率者として、公爵や伯爵はその配下として位置づけられ、霊の力を王国のように並べることで、術式の世界観が一気に可視化されます。
ゲーム作品で見覚えのある階級名が、実はこの文献の表から来ていると気づく瞬間は、かなり気持ちがいい。
答え合わせの楽しさはここにあります。

魔法円・三角形・真鍮の壺という装置

文献に記された儀式装置として重要なのが、術者を守る魔法円、霊を顕現させる三角形、そしてソロモンが悪魔を封じたとされる真鍮の壺です。
これらは実践手順として語るべきものではなく、書物の中でどのように配置されているかを見るべき装置だといえます。
魔法円は境界を引き、三角形は出現の場を指定し、真鍮の壺は封じ込めのイメージを担う。
この三者がそろうことで、召喚は「呼ぶ」「留める」「封じる」の三段階として理解しやすくなります。

印章もまた、この装置群の中に置くと意味がはっきりします。
シジルは霊の顔であると同時に、呼び出しのための識別札でもあるからです。
魔法円の内側に立つ術者、三角形の中に現れる霊、そして壺に収められる封印という配置は、怪異をあえて図式化するための発明でした。
書物に何が書かれているかを追うだけでも、72体の悪魔が役割分担された一つの体系として見えてきます。

72柱はどう生まれたか|悪魔リスト増殖の歴史

項目内容
名称72柱はどう生まれたか|悪魔リスト増殖の歴史
性格ソロモン伝承から17世紀の整序までをたどる系譜史
核心72柱は古代の一括作成物ではなく、段階的に増殖・編集されたリストである
主要な節目『ソロモンの遺訓』、Le Livre des Esperitz、1563年の Pseudomonarchia Daemonum、17世紀の72体化
見方偽書(擬古典)の慣習として「ソロモン王」の名が冠されたと読む

『72柱の悪魔』は、古代ソロモン王が一度に書き上げた固定リストではありません。
むしろ、ソロモンにまつわる伝承、写本の継承、近世の整理を通じて、少しずつ増え、並び替えられ、姿を整えた文書群だと見るほうが筋が通ります。
年代を追うと、その変化は驚くほどはっきり見えてきます。

『ソロモンの遺訓』から始まる伝承

源流の一つにあるのが、旧約偽典『ソロモンの遺訓』です。
ここでは、ソロモンが霊を使役して神殿を建てたという物語が核になっており、後世の悪魔召喚文書に必要な「王が霊を支配する」という舞台装置を与えました。
重要なのは、この段階で既に、人物の権威と超自然の技法が結びついている点です。
単なる怪談ではなく、王の知恵と命令が霊的存在に及ぶという構図が先に置かれたからこそ、のちの文書はソロモンの名を借りる意味を持ったのです。

ここで面白いのは、伝承が最初から完成品だったわけではないことです。
『ソロモンの遺訓』は、後代の書き手にとって「悪魔を体系的に並べる」発想の土台になりましたが、まだ72柱という固定数を示してはいません。
むしろ、王・神殿・霊の支配という筋立てが、のちのリスト増殖に耐える物語的な骨組みを作った、と考えるとわかりやすいでしょう。

ヴァイエルの69体から72体への拡張

15世紀の写本 Le Livre des Esperitz には47の霊が載り、そのうち約30がのちのゴエティアの霊とほぼ一致します。
47霊のうち30が近い形でつながる、という数字の符合を追うと、文献どうしの系統を突き合わせる文献学的な探偵作業の面白さが見えてきます。
リストは突如出現したのではなく、中世末の段階ですでに似た名簿が流通し、それが書き写されるたびに少しずつ受け継がれていったのです。

その流れの中で、1563年にヴァイエルが著書の付録 Pseudomonarchia Daemonum に69体の悪魔を挙げます。
ここでは後の72体より少なく、順序も異なります。
つまり、番号のついた“完成版”が最初から存在したのではなく、書き手が使いやすい形に整えた結果として、数も配列も変わっていったわけです。
17世紀になると印章や術式が加えられ、72体へと拡張されます。
69体から72体へというわずかな差に見えて、そこには、リストが固定された聖典ではなく、生きたテキストとして編集され続けた事実が刻まれています。

『ソロモンが書いた』という偽書の作法

『ソロモン王が書いた』という帰属は、古代の真作を主張するための歴史記述ではありません。
むしろ、権威づけのために古い偉人の名を冠する偽書、つまり擬古典の慣習に属します。
古い名前を借りることで、内容の新しさや異端性を直接に語るよりも、まず「由緒あるもの」として読ませる効果が生まれるからです。
ここでは迷信として切り捨てるより、なぜそう名付けられたのかを思想史として見るほうが有益でしょう。

この命名法を踏まえると、72柱の悪魔リストは、単なる信仰の産物ではなく、権威の作り方そのものを映す資料になります。
ソロモンという名は、内容の作者を指すだけでなく、伝承の正当性を保証する看板として機能したのです。
だからこそ、このリストを読むときは、悪魔そのものよりも、どうやって悪魔たちが「72柱」にまとまっていったかに注目してみてください。
そこに、文書が生き延びるための知恵が見えてきます。

近代への影響|1904年版とポップカルチャー

ゲーティアが現代まで広く知られるようになった直接の契機は、19世紀末のマサースの英訳をクロウリーが編集し、1904年に刊行した版にあります。
この近代版が、ソロモン72柱というイメージを英語圏で定着させ、古い魔術書を「読める本」として再び前景化させました。
中世末の写本は、近代の出版を通じて別の寿命を得たわけです。

1904年版が広めた72柱のイメージ

ここで注目したいのは、1904年版が単なる翻訳ではなく、受け取られ方そのものを作った点です。
ゲーティアは写本のままでは限られた領域の文献でしたが、マサースの翻訳とクロウリーの編集が組み合わさることで、72柱の悪魔の名、階級、印章がまとまった形で流通しやすくなりました。
ゲームやアニメで見かける固有名が、この版の記述に結びつくと気づく瞬間は、元ネタ発見の楽しさそのものでしょう。
作品を楽しむ入口として、かなりわかりやすい回路です。

近代魔術復興のなかでの再評価

1904年版の刊行は、黄金の夜明け団に代表される近代魔術復興、いわゆるオカルト・リバイバルの文脈に置くと見え方が変わります。
中世末の写本が19〜20世紀に再発見され、タロットや占星術と同じように近代的な解釈をまとって再利用された流れの一例だからです。
ホノリウスの誓約書、13世紀のピカトリクス、16世紀アグリッパの隠秘哲学、18〜19世紀の大グリモワールやグリモリウム・ウェルムを並べると、成立年代も性格もばらばらで、ゲーティアがどの系譜の中にあるかが立体的に見えてきます。

書名成立年代性格ゲーティアとの比較で見える点
ホノリウスの誓約書中世誓約・儀礼中心祈りと拘束の緊張が強い
ピカトリクス13世紀天体知と図像学占星術的な知の層が厚い
アグリッパの隠秘哲学16世紀体系的な自然魔術近世学知との接続が強い
大グリモワール18〜19世紀実用的な魔術書近代的な流通と再編の例
グリモリウム・ウェルム18〜19世紀ソロモン伝承の再構成後代の編集色が濃い

現代のゲーム・アニメでの再解釈

現代では、FGOをはじめとするゲームやアニメの中で、『ゲーティア』や『ソロモン72柱』は、悪魔の名や階級、印章を借りながら新しい物語装置として組み替えられています。
史実の文献では、それらは魔術実践や分類のための記述でしたが、フィクションではキャラクター設定、世界観の規則、対立構造を支える記号として働きます。
御影司的に言えば、史実を知るほど作品の遊び方が増えるタイプの元ネタです。
ネタバレを避けつつ背景だけ押さえるなら、「何を引用しているか」と「何を独自化しているか」を分けて見ると理解が深まります。

近世の実用書が、近代の翻訳を経て英語圏に入り、さらに現代のポップカルチャーで再解釈される。
この受容の歴史こそが、ゲーティアが今も語られる理由だと言えるでしょう。
個別の悪魔の名や他のグリモワールへ関心を広げると、古文書は一冊の本ではなく、長い伝承の連なりとして見えてきます。
おすすめです。

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宵月 紗耶

西洋思想史・宗教学を専門とする文化研究者。タロットの図像学やカバラの思想体系に造詣が深く、象徴の歴史を読み解きます。

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