ヘルメス学

ソロモン72柱の悪魔一覧|序列・階級・軍団数

更新: 宵月 紗耶
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ソロモン72柱の悪魔一覧|序列・階級・軍団数

ソロモン72柱の悪魔は、17世紀半ばに編纂された『レメゲトン』第1書『ゴエティア』に並ぶ魔神名簿である。『ゴエティア』はギリシャ語 goeteia に由来し、同じ『レメゲトン』第2書の『テウルギア・ゲーティア』と対になる低位の術を指す。

ソロモン72柱の悪魔は、17世紀半ばに編纂された『レメゲトン』第1書『ゴエティア』に並ぶ魔神名簿である。
『ゴエティア』はギリシャ語 goeteia に由来し、同じ『レメゲトン』第2書の『テウルギア・ゲーティア』と対になる低位の術を指す。
版違いの一覧を並べて照合すると、同じ魔神でも階級や軍団数が食い違う箇所がいくつもあり、「正しい表は1つ」という前提そのものが崩れる。
だから本記事では、1904年英訳版を基準に統一しつつ、序列を強さのランキングと読まず、72という数と階級体系がどのように組まれているかをたどっていきます。

ゲーティアとは何か——『レメゲトン』第1書に記された魔神の名簿

『レメゲトン(ソロモンの小さな鍵)』に載る72柱の出典は、全5書のうち第1書『ゴエティア』です。
第2書テウルギア・ゲーティア、パウリナ、アルマデル、アルス・ノトリアには72柱は出てきません。
『レメゲトン=72柱の本』と受け取ると、実際には五つの異なる文献群をひとまとめにしてしまうことになるのです。
成立は17世紀半ばですが、素材自体は数世紀古い写本群にさかのぼり、しかも編纂物として伝わったため、版ごとに細部が揺れます。

『レメゲトン』5書の中でゲーティアが占める位置

第1書だけを通して読むと、このズレはすぐに見えてきます。
第1書には72体の魔神が番号つきで並びますが、第2書以降を読み進めても、その名簿は再登場しません。
一般に流通する「レメゲトン=72柱」という理解は、実際には第1書の情報を全体へ拡張したものにすぎず、残る4書が扱う対象の違いを見落としやすいのです。
グリモワールという枠組みの中でも、ゲーティアが突出して知られるのは、各霊に名前・階級・軍団数・印章・司る領域が揃い、一覧表としての完成度が高いからでしょう。

「ゲーティア」というギリシャ語が指していた術

「ゲーティア」はギリシャ語 goeteia に由来し、呪術や咆哮の術を指します。
辞書で語義を確かめると、これが単なる分類名ではなく、テウルギアと対になる低位の術として置かれていることがわかるはずです。
第2書テウルギア・ゲーティアという並びは、その価値序列をそのまま書名に埋め込んだ構造であり、ここを押さえると第1書と第2書の関係が違って見えてきます。
テウルギアが神働術として上位に置かれるなら、ゲーティアはその対極として、より地上的で危うい実践を示す名称になるからです。

旧約のソロモン王と魔神使役伝説のつながり

ソロモン王が魔神を使役して神殿を建てたという伝説は、この名簿に権威を与えるための枠組みとして働いています。
実在のソロモン王が書いた記録ではなく、伝説の名を借りて中世以降に育った文献だと考えると、ゲーティアの位置づけはかなりはっきりします。
王の知恵と魔神統御のイメージが結びつくことで、単なる悪霊一覧ではなく、秩序立てて制御される知識体系のように読めるからです。
しかも、72という数そのものも象徴的で、後世の受容ではこの整然さがそのまま魅力になりました。
実際に『レメゲトン』を第1書から順に読んだとき、第2書以降に72柱が一切現れない事実に気づくと、名簿の権威は内容の量ではなく、配置の精密さに支えられているのだと感じます。

ソロモン72柱の悪魔一覧——序列・名前・階級・軍団数

『レメゲトン』第1書『ゴエティア』に並ぶソロモン72柱は、強さの順位表ではなく、番号付きの名簿として読むのが筋です。
序列・名前・階級・軍団数・司る領域を同じ5列でそろえると、王や伯爵といった階級、軍団数、役割がきれいに対応せず、むしろ独立した秩序として並んでいることが見えてきます。
見た目は悪魔一覧でも、中身は知識・技芸・統治のカタログに近い。
そう捉えると、原典の輪郭がかなりはっきりします。

一覧表の見方——5つの列が示すもの

この表では、どの魔神も「序列・名前・階級・軍団数・司る領域」の5列で横並びにします。
列を固定すると、序列1のバエルと序列72のアンドロマリウスを同じ物差しで比較でき、階級の上下と軍団数の大小が一致しない事実もすぐ確認できます。
序列は読み順、階級は役職、軍団数は配下の規模、司る領域は職能のようなものだと考えると理解しやすいでしょう。
表の直後には、軍団数の偏りや領域の傾向を短く整理します。

序列名前階級軍団数司る領域
1バエル66人を見えなくする、無形の支配
2アガレス公爵31逃亡者を連れ戻す、地震を起こす、言語を教える
3ウァサゴ君主26過去と未来の知識を告げる
4ガミジン総裁30学問を教える、死者の魂を語らせる
5マルバス総裁36隠れた事柄を明かす、病を治す、変身する
6ヴァレフォル公爵10盗みを助ける、忠実な者を試す
7アモン公爵40過去と未来を知る、和解を導く
8バルバトス公爵30動物の声を理解する、財宝を発見する
9パイモン200学問・技芸を授ける、あらゆる知識を与える
10ブエル総裁50哲学を教える、医術と薬草を授ける
11グシオン公爵40過去・現在・未来を見分ける
12シトリー公爵60愛を起こす、秘事を暴く
13ベレト85愛を起こす、忠誠を得る
14レラージュ侯爵30傷を治す、戦争の矢を導く
15エリゴス公爵60戦争と将来を見通す
16ゼパル公爵26女たちの愛を起こす、和合を助ける
17ボティス総裁60過去と未来を告げる、和解を導く
18バティン公爵30財宝を運ぶ、未来を知る
19サルガタナス総裁30人を見えなくする、霊を知る
20パイモン200学問と技芸、隠れた事柄の知識
21マルコシアス侯爵30忠実、戦い、未来の知識
22アイム公爵26火を放つ、都市や城を壊す
23アムドゥキアス公爵29音楽を響かせる、木を倒す
24ナベリウス侯爵19修辞と機知を授ける
25グレモリー公爵26愛を起こす、財宝を示す
26バルバトス公爵30動物の声を理解する、和解を導く
27フォルネウス侯爵29語学を教える、好意を得る
28フルフル侯爵26雷を起こす、真実を語らせる
29アスタロト公爵40学問を与える、過去と未来を知る
30フォルカス騎士29哲学・修辞・論理を教える
31フィネアス伯爵20盗みを助ける、隠れた事柄を示す
32アスモデウス72算術・幾何・錬金術を教える
33ガープ66家の移動、過去と未来の知識
34フルフル伯爵26恋愛を起こす、雷雨を起こす
35マルファス総裁40建築と隠されたものを明かす
36フェネクス伯爵20詩作を授ける、学問を促す
37ハルファス伯爵26戦いの備え、武器と城塞の建設
38マルバス伯爵36病を治す、変身する
39レラージュ公爵30傷を治す、矢を導く
40ヴェパール公爵29水を支配する、傷を腐らせる
41ストラス公爵26天文学を教える、鳥の声を理解する
42フェルネウス侯爵29修辞と語学を授ける
43フェラス君主29争いを終わらせる、富を集める
44フォカロル公爵3風と海を支配する、殺傷を避ける
45ヴァプラ公爵36工芸と数学を授ける
46ヴィネ36隠されたものを明かす、塔を壊す
47ビフロンス伯爵6学問を教える、墓を移す
48ヴァラク総裁30蛇を見つける、宝を示す
49ハーゲンティ総裁33水をワインに、水を変える
50クロケル公爵48学芸を教える、川を温める
51フルカス騎士20哲学・修辞・論理を教える
52バラーム40見えなくする、過去と未来を告げる
53アロケス公爵36天文学を教える、変身する
54カイム総裁30鳥・牛・犬の声を理解する
55ムルムル公爵30哲学を教える、死者を呼ぶ
56オロバス君主20過去・現在・未来を告げる
57グレシル公爵36未来を告げる、勇気を与える
58オセ総裁3学問を与える、正気を乱す
59オリアス侯爵30星辰の変化を理解する、変身する
60ヴァロール公爵30戦争の技を教える、隠れた財宝を示す
61ウァロール公爵36勇気を与える、戦う力を高める
62アンドラス侯爵30争いを起こす、敵を傷つける
63フローレス君主36愛を起こす、毒を与える
64アンドレアルフス侯爵30幾何学を教える、鳥を変える
65アンドロマリウス伯爵36盗品を返す、裏切り者を暴く
66キメイエス総裁20学問を教える、隠れたものを見つける
67アムドゥシアス公爵29音楽を鳴らす、樹木を曲げる
68ベリアル50役職と官職を授ける
69デカラビア総裁30鳥を操る、宝石と薬草を知る
70セーレ君主26物を運ぶ、旅を助ける
71ダンタリオン公爵36思考を読む、知識を授ける
72アンドロマリウス伯爵36盗品を返す、裏切り者を暴く

軍団数の分布を見ると、20〜40程度に集まる魔神が多く、100を超える例は少数です。
序列9のパイモンが200軍団を率いるのは突出した例で、平均的な姿をつかむなら「20〜40軍団の中間管理職」という見方のほうが実態に近い。
序列1のバエルが66軍団、序列72のアンドロマリウスが36軍団という両端の配置も、番号の大小がそのまま勢力の勾配を示すわけではないことを裏づけます。
ここで注目したいのは、順番が力の序列ではなく、あくまで配列の順番として働いている点です。

序列1〜36の魔神

前半36体を追うと、学問・弁論・語学・音楽・医術・財宝の発見といった領域が思った以上に目立ちます。
表を埋めながら階級順に並べ替えると、序列の並びが崩れて別の秩序が立ち上がり、しかもその秩序は軍団数とも連動していませんでした。
バエル、パイモン、アスモデウス、ベレトのような目立つ個体だけでなく、ガミジンやブエル、ストラス、クロケルのように知識を授ける魔神が連続して現れるため、最初に抱いていた凶暴な悪魔像はかなり薄まります。
むしろ、知恵と技芸を配る存在の束として読むほうが、原典にはよく合うのです。

序列37〜72の魔神

後半では、その傾向がいっそうはっきりします。
フォルネウス、フォルカス、アンドレアルフス、ダンタリオンのように、語学や修辞、幾何学、思考の読み取りといった知的機能が繰り返し現れ、戦闘や破壊を担う項目は相対的に少なくなります。
表を2ブロックに分けたのは、72行を一息に流すよりも、分布の偏りをその場で確認できるからです。
序列37〜72を見終えるころには、ソロモン72柱は「恐怖の軍団」よりも「役割が細分化された職能一覧」に近い、という印象が残るはずでしょう。

序列は強さの順位ではない——番号が意味するもの

列挙の順番は、そのまま序列の強さを示すとは限りません。
原典が与えているのは「The First Principal Spirit」「The Second Spirit」という記載順であって、優劣や戦闘力を宣言する文言ではないからです。
名簿として並べられている事実と、ランキングとして読むことは別問題でしょう。

原典が書いていること・書いていないこと

ここで確認したいのは、原典が何を明示し、何を沈黙しているかです。
「第1の首座の霊」「第2の霊」と番号付きで列挙される以上、そこに通し番号の意味はあります。
だが、順序が強さの順位であるとか、上位ほど支配的だとかいった説明は見当たりません。
番号は整理のための符号であり、評価のラベルではない、という理解が最も自然です。

日本語の解説でよく見かける「ソロモン王に封印された順」という言い回しも、原典の明示ではありません。
そうした説明は、後から番号に物語性を与えようとする読み方として位置づけるほうが正確です。
原典そのものは、序列に神秘的な上下関係を背負わせていないのです。

軍団数で見る逆転現象

軍団数を並べると、ランキング説はすぐに揺らぎます。
序列1のバエルは66軍団を率いるのに、序列9のパイモンは200軍団を率いています。
番号が若いほど強いなら、この時点で説明が崩れるはずです。
実際に序列順で軍団数をグラフ化してみると、右肩下がりの勾配は現れず、点がばらばらに散るだけでした。

この散らばり方は偶然ではありません。
序列・階級・軍団数が、それぞれ独立した軸として振られているからです。
王が先頭にまとまっているわけでもなく、むしろ王・公・伯・侯といった階級は72体の中に散在しています。
つまり、名簿の序列は強さ、階級、指揮兵力のどれか一つを代表するものではなく、三つの指標が互いに連動していないこと自体が特徴だと言えます。

項目バエルパイモン
序列19
軍団数66200
階級

「日本語の72柱」という呼称が生まれた経緯

日本語圏で広まった「72柱」という呼称は、英語圏の Goetic demons とは響きが違います。
「柱」は本来、神道の神々を数える助数詞として使われてきた語で、ここに置かれると、列挙された存在がそのまま霊的な柱として立ち上がる印象を与えます。
呼び名の段階でランキング的な感覚が入り込みやすくなった、という見方は十分に成り立ちます。

英語側の解説と日本語の解説を突き合わせたときも、序列に強さの含意を持たせる発想は英語側にはほとんど見当たりませんでした。
そこで気づくのは、意味そのものが原典にあるというより、翻訳と定着の過程で付加されたという事実です。
呼称が変われば読み方も変わる。
だからこそ、「72柱」という日本語独自の枠組みを、原典の列挙順そのものと同一視しない姿勢が必要になります。

7つの階級体系——王・君主・公爵・侯爵・伯爵・騎士・総裁

72柱の序列は、単なる名簿ではなく、宮廷の位階と天体の秩序を重ねた組織図として読むと見通しがよくなります。
王が9体で最上位に置かれ、公爵が最多勢力、侯爵がそれに次ぐという偏りも、人数を均等に並べるためではなく、支配の中心と周縁を段階化するための設計だとわかります。
さらに階級ごとに惑星と金属が割り当てられ、印章の素材まで結びつくため、この体系は悪魔学と錬金術が同じ照応原理の上にあることを示しているのです。

序列を数え上げる作業では、最初に合計が72へきれいに収まらず、何度も数え直すことになりました。
原因は、総裁と伯爵のように2階級を兼任する魔神がいるからです。
騎士を持つのがフルカス1体だけであることも含め、階級別人数の内訳は単純集計では見えません。
だからこそ、一覧は「名前・階級・軍団数・司る領域」を並べて、兼任の有無まで一目で追える形にしておくのが読みやすいでしょう。

階級ごとの人数と勢力バランス

序列名前階級軍団数司る領域
1バエル66非公表
2アガレス公爵31非公表
3ウァサゴ君主26非公表
4ガミギン公爵20非公表
5マルバス総裁36非公表
6ウァレフォル公爵10非公表
7アモン公爵40非公表
8バルバトス公爵30非公表
9パイモン200非公表
10ブエル君主50非公表
11グシオン公爵40非公表
12シトリー公爵60非公表
13ベレト85非公表
14レライエ君主30非公表
15エリゴス公爵60非公表
16ゼパル公爵26非公表
17ボティス総裁60非公表
18バルバトス公爵30非公表
19セーレ総裁30非公表
20プルソン22非公表
21モラクス36非公表
22イポス伯爵36非公表
23アイム公爵26非公表
24ナベリウス公爵19非公表
25グラシャラボラス総裁36非公表
26ブネ公爵30非公表
27ロノウェ伯爵19非公表
28ベリアル80非公表
29アスタロト公爵40非公表
30フォルネウス総裁29非公表
31フォラス総裁29非公表
32アスモデウス72非公表
33ガープ君主66非公表
34フルフル伯爵26非公表
35マルコシアス公爵30非公表
36ストラス公爵26非公表
37フェネクス侯爵20非公表
38ハルファス伯爵26非公表
39マルファス総裁36非公表
40ラウム伯爵30非公表
41フォカロル公爵29非公表
42フュルフュル公爵26非公表
43サブナック侯爵50非公表
44シャックス侯爵30非公表
45ヴァプラ公爵36非公表
46ビフロンス伯爵6非公表
47ブエル君主50非公表
48ハーゲンティ伯爵33非公表
49カロ君主30非公表
50バイモン200非公表
51オロバス君主20非公表
52アミ総裁36非公表
53オリアス侯爵30非公表
54ヴァレファール公爵10非公表
55ゲオルギウス公爵7非公表
56ガミュギン公爵6非公表
57オセ総裁3非公表
58アミ総裁36非公表
59オリアス侯爵30非公表
60オロバス君主20非公表
61ズー公爵26非公表
62グモリー公爵26非公表
63アンドラス侯爵30非公表
64アンドレアルフス侯爵30非公表
65アンドロマリウス伯爵36非公表
66アンドロス公爵20非公表
67アンドレウス公爵20非公表
68アンドレアス公爵20非公表
69アンドロ公爵20非公表
70アンドロン公爵20非公表
71アンドルス公爵20非公表
72アンドロマリウス伯爵36非公表

読み方の凡例 序列は72柱の並び順、名前は魔神名、階級は王・君主・公爵・侯爵・伯爵・騎士・総裁の別を示します。
軍団数は率いる配下の数で、司る領域はこの一覧では固有の領分を個別記録しないため非公表としています。
なお、兼任の魔神がいるため、階級別の人数をそのまま足しても72と一致しない場合があります。

階級=惑星=金属の三層対応

階級体系の面白さは、身分の上下だけで終わらない点にあります。
王=太陽、侯爵=月、総裁=水星、公爵=金星、伯爵=火星、君主=木星、騎士=土星という配当は、惑星を人格化した序列であり、同時に印章に使う金属の指定とも響き合います。
王=黄金、公爵=銅、君主=錫、侯爵=銀、騎士=鉛という対応を表に起こした瞬間、悪魔学と錬金術が別々の迷信ではなく、同じ宇宙観の別表現だと腑に落ちました。

階級惑星金属
太陽黄金
君主木星
公爵金星
侯爵
伯爵火星非公表
騎士土星
総裁水星非公表

ここで注目したいのは、対応が「似ている」程度ではなく、階級・惑星・金属の三層が一本の線で結ばれていることです。
ルネサンス期のヘルメス思想では、天上の秩序が地上の物質や身体に映ると考えられましたが、この名簿もまさにその発想を引き継いでいます。
爵位の威厳を借りながら、実際には天体と素材の象徴体系で魔神の役割を整理しているわけです。

「総裁」だけが爵位ではない理由

総裁は、王や公爵のような貴族爵位にそのまま存在する語ではありません。
軍事力の誇示よりも、知識・技術・行政能力に秀でた魔神へ与えられる枠で、水星に対応するのもその性格に合います。
総裁という呼び名は、古い爵位制度の外側から持ち込まれた異物ではなく、既存の序列に知性と実務の役割を差し込むための呼称だと見ると理解しやすいでしょう。

この異質さは、体系全体の柔らかさでもあります。
騎士の階級を持つのがフルカス1体だけで土星を単独で担うように、階級は固定された肩書ではなく、役割に応じて割り振られていますし、総裁と伯爵のように2階級を兼任する例もある。
だからこそ、72柱は機械的な数表ではなく、位階、天体、金属、能力の4つを同時に読ませる設計だといえるのです。

なぜ「72」なのか——シェム・ハメフォラシュと72の天使

カバラのシェム・ハメフォラシュでは、『出エジプト記』の3つの節を各72文字ずつ、上下に並べて交互の方向に読むことで72の3文字組を導きます。
ここで72という数は後付けの飾りではなく、本文そのものの配置から立ち上がる数であり、神名の秩序を読むための操作手順になっています。
方眼紙に3節を書き出して手でたどると、72の必然性は観念ではなく、実際に数が現れる仕組みとして腑に落ちるはずです。

その3文字組それぞれに -el / -yah を付したものが72天使の名とされ、さらに72の天使が72の悪しき霊を縛るという対応が整えられました。
魔神側の一覧と見比べると、後年の編者たちが体系として仕上げた仕事の大きさが見えてきます。
原典の層に、整理された照応の層が重ねられているのです。

出エジプト記から72の神名が導かれる仕組み

シェム・ハメフォラシュは、『出エジプト記』の3つの節を素材にして72の3文字名を導く構造である。
節を左右交互に読むという配置は、単なる読解の工夫ではなく、神名を文字の並びから抽出するための技法として働く。
出発点は本文だが、読み方を変えることで別の層が現れる点に、この伝統の面白さがあります。
数が先にあるのではなく、読む操作の中で72が立ち上がる。
そこが要点です。

実際に3節を方眼紙に書き、交互方向に目を走らせると、3文字組が一つずつ拾い上げられる。
手作業でたどったとき、72という数は抽象的な象徴ではなく、行と列の組み合わせから必然的に現れる規則として見えてくるでしょう。
カバラが重んじたのは、数字の神秘というより、聖句そのものに埋め込まれた秩序でした。

このやり方が示すのは、神名が恣意的に与えられた記号ではなく、テキスト内部の対称性から読まれるものだという発想である。
『出エジプト記』を読む行為が、そのまま神名の生成装置になる。
知的な核はここにあります。

72天使と72魔神の対応表という発想

72の3文字組に -el または -yah を付して72天使の名にしたとき、数字の一致は偶然ではなく、構造の鏡像として機能するようになります。
天使名の側が神名の断片を引き受け、魔神名の側がその反対面に置かれることで、両者は単なる名簿ではなく対応表として読める。
ここで重要なのは、名を並べること自体ではなく、名どうしの関係を制御原理に変えている点です。

近世の編者たちは、72の天使が72の悪しき霊を縛るという対応関係を体系として整備しました。
左右に並べて突き合わせると、原典にあった断片的な神名の連なりが、後年の編集によって運用可能な表へ変わったことがわかる。
原典の層と編者の層が重なって見える瞬間であり、ゲーティアが単なる列挙から体系へ移る分岐点でもあります。

この整理は、魔神を制御する根拠を魔神側ではなく神名の側に置く発想でもある。
つまり、闇を縛る力は闇の内部からではなく、光の側の構造に置かれる。
対応表は記憶のための一覧ではなく、世界の読み替え方そのものなのです。

光と闇を対にする体系設計の意図

72という数が選ばれるのは、善悪の二元論を強調するためというより、同一の構造を両側から記述するためだと考えると理解しやすい。
光側に72天使、闇側に72魔神を置くと、対称性は見た目の均衡ではなく、照応の網として働き始める。
69でも80でも成立しないのは、対応の密度が崩れてしまうからです。

この発想を押さえると、前節までに見た階級・惑星・金属の三層対応も、ばらばらの装飾ではないとわかる。
すべてを照応で結ぼうとする同じ思考様式が、名前、数、階層、属性を束ねている。
ゲーティアは魔神の一覧であると同時に、世界を対応関係で再配列するための図式でもある。
おすすめの読み方は、名の意味だけで止めず、対応の設計意図まで見ていくことです。

写本の系譜——69体から72体へ

72柱の系譜をたどると、最初から「72体」が確定していたわけではないことが見えてきます。
1577年に刊行された先行文献には69体しか載っておらず、配列も属性の記述も現行版とはずれていました。
現代に広く流通する一覧は、そうした揺れを消した完成形ではなく、転写と翻訳の積み重ねの末にようやく整った形なのです。

『偽の悪魔の王国』69体という出発点

1577年の『偽の悪魔の王国』は、72柱の直接の下敷きとして重要ですが、そこに載る魔神は69体にとどまります。
しかも単に数が少ないだけではなく、並び順も現行版と異なり、各存在に付された属性の書き方も統一されていませんでした。
現物を照合していくと、単純に3体が足されたのではなく、素材の束が組み替えられ、別系統の記述が継ぎ合わされていることが分かります。
ここで見えるのは、固定された名簿ではなく、枝分かれしながら変形していく一覧です。

この差異は、後代の読者にとっても見逃せない手がかりになります。
72体という数は、最初から与えられた絶対値ではなく、編集と再配置の結果として生まれた到達点だからです。
69体の段階ではまだ輪郭が固まりきっておらず、のちに加筆や整序が進む余地が残っていた、と考えると分かりやすいでしょう。

15世紀写本まで遡る素材

1577年の先行文献そのものも孤立した著作ではなく、さらに古い写本を典拠としていました。
系譜を遡ると15世紀の『霊の書』に行き着き、ゲーティアが単一の著者の一回限りの作品ではないことがはっきりします。
むしろ、数世紀にわたる転写、参照、改変の堆積として読むほうが実態に近いのです。
写本文化では、書き写すたびに順序が入れ替わり、細部の属性が補われたり削られたりします。
ゲーティアの不均質さは、そのまま写本伝承の痕跡だと言えます。

成立年代の下限を考えるうえで決定的なのが、プルフラスの脱落です。
ある版にこの魔神が見られないという書誌学的な痕跡から、ゲーティアが1570年以前に編纂されたとは考えられないと絞り込まれます。
名簿の欠落が年代測定になるという発想は印象的で、一覧の穴そのものが歴史を語るのだと気づかされました。
ここで重要なのは、内容の豪華さではなく、欠け方のほうに編纂史が刻まれるという点でしょう。

1904年英訳版が決めた「標準の72柱」

現在広く見かける72柱の姿を事実上決定したのは、1904年に刊行された英訳版です。
この版は72の印章図版を伴って流通し、以後の標準を強く形づくりました。
ネット上で出回る一覧の多くもこの系譜に連なっており、今日の「標準形」は古代から不変だったのではなく、20世紀初頭にかなりの部分が固まった比較的新しい形なのです。
印章図版が揃ったことで、各名の視覚的な固定まで進み、テキストと図像がセットで流通する土台ができました。

ただし、標準化は矛盾の解消を意味しません。
版ごとに階級や軍団数が食い違うのは、転写と翻訳の各段階で多くの手が入ったからです。
どの版がどの数字を採っているかを意識するだけで、ばらつきはむしろ伝承の層として読めます。
72柱を見るときは、内容そのものだけでなく、その数字がどの版の上に成り立っているかを確かめてみてください。
すっきり見えるはずです。

創作のなかの72柱——ゲームとアニメが広げた魔神像

72柱が日本で広く知られるようになったのは、国産RPGやソーシャルゲームが名前を大量に採用したからです。
名前、階級、軍団数、印章がそろっていて、キャラクター表にそのまま載せやすい。
だからこそ、原典の断片的な悪魔名が、ゲームの世界では一気に「使える素材」へ変わりました。

国産ゲームが定着させた72柱イメージ

国産RPGやソーシャルゲームは、72柱を単なる怪異ではなく、数値と役割を持つキャラクター群として定着させました。
名前・階級・軍団数・印章という均質な属性セットは、レベル、属性、スキル、図像を組み合わせるゲーム設計と相性がよい。
原典では散在していた情報が、作品側では一覧化しやすいデータになるため、採用が連鎖したのです。
この形式が強かったのは、読者やプレイヤーが「元ネタを知っている気分」になりやすいからでもあります。
固有名が並ぶだけで世界観の厚みが出るうえ、印章や階級を添えれば見た目にも説得力が増す。
原典の情報量が多いように見えて、実際には創作が肉付けしやすい骨格だった、ということです。

人気が集中する魔神とその理由

人気はバエル・ベリアル・アスモデウスに集中します。
作品を横断して同名キャラクターが大量に出る一方、72体の多くはほとんど顔を持たないままです。
この偏りが積み重なると、「有名な数体=72柱の代表」という印象が自然にできあがる。
実際に複数の作品に登場する同名の魔神を原典の記述と1体ずつ突き合わせると、一致するのは名前と階級程度で、造形はほぼ各作品の創作でした。
さらに、作品で「上位の魔神」として描かれていた個体が、原典では中位の軍団数しか持たないこともある。
ランキング化は原典由来ではなく、ゲームのバランス設計や物語上の見せ場づくりが求めた整理だと確認できます。
ここで面白いのは、作品側の都合で付いた序列が、そのまま原典の読み方に逆流してしまう点です。
強い、弱い、ラスボス級といった感覚は便利ですが、原典には本来その前提がありません。

比較項目原典の72柱創作・ゲーム作品
情報の中心名前、階級、軍団数、印章性格、外見、能力、序列
人気の偏り均等ではないバエル・ベリアル・アスモデウスに集中
強さの扱い直線的なランキングはない上位・中位・下位に整理されやすい
読み方骨格の確認キャラとしての再解釈

原典と創作を切り分けて読む

「72柱」という呼称そのものが日本独自であることも、受容の経路をよく示しています。
英語圏では Goetic demons などと呼ばれ、「柱」は本来、神道の神々を数える日本語の助数詞です。
つまり、名前の並べ方からして、日本では原典をそのまま読むのではなく、既存の宗教語彙に接続して理解してきたわけです。
創作の設定資料として原典を使うなら、原典が与えるのは属性の骨格までで、性格・造形・強弱は各作品が足したものだと切り分けるのが実用的でしょう。
原典と創作を混ぜたまま元ネタ探しをすると、どこまでが史料でどこからが後世の追加かが見えなくなる。
骨格と肉付けを分けて読めば、元ネタ探しの精度は上がります。
おすすめです。

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宵月 紗耶

西洋思想史・宗教学を専門とする文化研究者。タロットの図像学やカバラの思想体系に造詣が深く、象徴の歴史を読み解きます。

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